目の前が、霞んだ。

ああ、やっと死ねるのか。

あの日彼女がこの世界と別れ、星に還ってからここまで生きてきたが、どうやら死ぬらしい。

死因は出血多量だろう。胸と腹に穴が空いているような気がする。

だが、今まで魔物と戦ってきた自分には相応しい死に様だ。



「よっ」

懐かしい声を聞いた。

「ユフィ・・?」

愛しい、愛しいユフィの声。

「ちょっと、約束忘れちゃったわけ?」

「約束・・?」

姿は見えないが、怒ってむくれた様な様子が目に浮かぶ声で私に話しかけてくる。

それすらが懐かしく、愛しい。

「アタシ、星に還る前にアンタと一緒に暮らせる場所探してるからさ。

 見つかったら迎えに来るから、まだ生きて、ゆっくり死んで・・って死ぬとき言ったじゃん」

そうだ、何て事を忘れていたのだろう。

愛しいお前の願いなら聞こう、そう決めたのに。

「よし、もう忘れちゃだめだよ。

 でもどうしてもこの可愛いユフィちゃんに会いたくなったら、あの木蓮の木の下でね」

木蓮の木、私がユフィを埋めた、木蓮の木。

そうさせてもらうよ、ユフィ。

お前は呆れるだろうが、今の私は寂しくて死んでしまうかもしれない。



霞んだ視界が、元に戻った。

どうやら私はまだ生きているらしい。

まだ生きていられるのか、便利な身体だと自分でも思う。

穴なんて開いていないのだろうか、それとも治ったのだろうか。

それすらどうでもよかった。

あの木蓮の木に、行こう。



重い身体を引きずって、やっとあの木にたどり着いた。

何秒、何分、何時間、何日、何週間、何ヶ月かかっただろうか。

それが分からないほど歩き続けた。

しかしこの木はユフィが星に帰ろうとしたときから全く変わらない姿で私を見下ろしている。

もしかしたら、時間など過ぎていないのかもしれない。そう錯覚させるほどだ。

「ユフィ・・」

愛しい名前を呼ぶ。

「ちょっとヴィンセント、遅い!」

また声がした。懐かしいと感じてしまう、声。

懐かしいと感じてしまうところに時の流れを感じ、咄嗟にユフィの甘い匂いを思い出した。

それにしても私にはユフィが何故怒っているのか理由が分からない。

「・・遅くなった、だがお前が生きろと・・」

「だって、居心地のいい場所が見つかったんだもん」

なんて都合がいいんだ、お前は。

だが私を振り回すそんなところも好きだ、ユフィ、お前のすべてが好きなんだ。

「どこだ?」

お前が望むなら、私は何処でも行こう。地獄だろうが地下だろうが、魔晄の中だろうが。

姿は見えない。

それでもお前は笑っているのだろう?太陽のような輝きを持った瞳で私を見ながら。

「ヴィンセントの隣!」

アタシの居場所は其処しかないよねぇと呟くユフィ。

ああ、私もそのようだ。

私の居場所はお前の隣にしかない。




「・・もう、お前の隣に行ってもいいか?」

「もっちろん、ユフィちゃんが抱きとめてあげるよ」

「そうか」

どーんとこい、ユフィの声がおどけていながらも頼もしげに響く。

それに笑みを浮かべた瞬間、身体から力が抜ける。

どうやら相当無理なことか、無謀な事をしていたらしい。

「だ、大丈夫ヴィンセント!?」

「・・・ああ、幸せだ」

愛しい彼女に看取られながら彼女に会う事が出来るのだから。

そういえば、ユフィの声が聞こえた。

「アタシもおんなじ。

 大好きだよ、ヴィンセント。早く来い!」



その声を聞いて、木蓮が消えた。


次目を開けたときには、ユフィが私に向かって手をふっていた。


「お疲れさま」


ずっと、これからは一緒にいよう。