床に置いてある一冊の本、乱雑に広げられたそれは適当なページを開きだす。

ヴィンセントはそれを細く長い綺麗な指を伸ばし、拾い上げた。

柔らかい丸みを持つ文体でつづられたそれは絵本や童話に分類される。

ヴィンセントはタイトルを目で追い、それが自分の初見の本という事に気づいた。

そもそも絵本など読まない、さらに子供の頃に読んだ記憶さえも残っていない彼だが有名どころの童話は覚えている。シンデレラとか。

ヴィンセントは興味深そうにその本のページを最初からめくり始めた。






内容は至極簡単なものだった。

ある男女が恋に落ち、結婚をする約束までする。

しかし男が女にかけられた呪いをかばい、それによって不老不死の身体を得てしまう。男は嘆き悲しみ、女はその男の様子を見てある決断をする。

自分の肉と血を使った薬をつくり男の不老不死を解き放とうとした。

薬を飲んだ結果男の不老不死はなくなったが、男は女を失う、こんな話。




ヴィンセントはその本の持ち主で、隣でマテリアを磨いているユフィに目をやる。

彼女はどんな顔をして、この本を読んだのだろうか。

「あ、それどうだった?」

ヴィンセントの視線に気がついたユフィがマテリアから視線を外さずに問う。

この辺の芸当はやはり忍者だからできるものだろう。

ヴィンセントは返答に悩み、じっくり20秒ほど本の表紙を見つめる。



「・・嫌な話だと思ったな」

「でしょー?うん、アタシもそう思う」

すばやく返事を返してきたユフィにヴィンセントは視線を彼女に移動させた。

そこでかちりと黒水晶の瞳と視線がぶつかる。

ユフィは満足そうで、しかしどこと無く怒りと嫉妬を混ぜ込んだような小さな矛盾した笑みを浮かべ、ヴィンもそう思うんだと一人で納得している。

「・・お前はなぜ嫌な話だと思う?」

「まず、女の対応が気に入らない。自分のせいで男があんな事になったのに」

ユフィは磨き終わったマテリアを袋の中に戻す。

その動作の中には本当に女に向けられた怒りが感じられ、どこと無く乱暴だった。

「・・・なら、お前ならどうした?」

え、とユフィが眼を見開く。

ヴィンセントは相変わらずの無表情さでユフィを見つめている。
しかしその表情はどこか、まるで何かを期待するような子供のような表情だった。

ユフィはうーん、と呟き、珍しく真面目な表情を浮かべる。



「ずっと一緒に暮らしたかな。いつか解けるかもしれないし。

 本当に男のことが好きなら、男に寂しい思いさせてまで1人で死ぬなんてできっこないよ」

そう言い切ると屈託のない明るい笑顔を浮かべ、ヴィンセントに抱きつく。

ヴィンセントはその言葉を聞き、珍しい柔らかい笑みを浮かべた。

「そういうことだから、よろしく」

赤いマントに口を押さえつけていたため多少くぐもっていたがその言葉は確かに届いたようだった。

ヴィンセントは優しく両手を背中に回し、ユフィを抱きしめた。

「アンタが寂しいなんて感じないくらいしつこく隣に居て、好きっていってやるからさ」

「それは・・。期待している」

「まっかせといてよ!」